極度の疲労の中、仲間を守り切れたことへの深い安堵と、勝利への達成感があった。 だが、満たされない。満たされてはいけない。 この手がこの先、何を得たとしても失くしたものは決して戻らないのだから。 渇く。疼く。痛い。憎い。もっと、もっと奴らを狩りたて、斬って、刺して、潰して、焼き尽くさねばならない。 煮えたぎった泥のような憎悪に浸されながら、意識が深く深く沈んで行く…… 「■■■■■■!」 誰かに呼ばれた気がして、目を開ける。 赤黒い濁った水の中にいるような視界、同胞も主もぼやけた影法師のようにしか見えない。 だというのに、ああ、彼らはどうしてかはっきりとそれぞれの色を保っている。 亜麻色、白、黒、金、この赤黒い世界の中で一際輝いて見える。 「■■■■■■!」 "亜麻色"が再び何かを叫ぶ。何を言っているのか全く分からない。他の色たちも口々に何かを叫ぶが意味のある言葉とは思えない。 彼らを見ていると何かを思い出す。 そう、渇きだ。疼き、痛み、そして、憎しみ。 ああ、そうだ。そうだった。 俺は彼らを、狩りたて、斬って、刺して、潰して、思い知らせてやらなければならないのだった。 半ばで折れ、錆び付いた大剣を握り締める。 身体の奥底から信じられない程の力が湧き上がって来る。これだけの力があれば、もう何も失くすことは無い。 咆哮を上げ、獲物に向かって駆け出す。 最初に立ちはだかるのは"白"だった。やはりかと思う。 立ち竦む"黒"を庇うように前に進み出て来たので、勢いのままに横薙ぎに剣を払い、断ち切った。これでもう先へは進めまい。 噴き上がる血飛沫の甘美な匂い。だが、味わうのは後だ。 未だ茫然としている"黒"の薄い胸板に、折れた剣の歪な切っ先を抉り込んだ。その顔に理解の色が浮かぶ前に事切れる。幸いだ。 「■■!!■■!!」 "亜麻色"がまた叫ぶ。まるで大切なものを失ったかのように。酷く苛つく。失くしたのは自分で、奪ったのはお前達の方だ。それをじっくりと分からせてやる。 「■■■■!■■■■■■■!!」 "金"が進み出て杖をかざそうとする。身を焦がす忌まわしい光にさらされ、同胞と主が怯む。 嗤う。こんなものは立ち止まる理由にならない。 陽光に焼かれながら真っ直ぐに"金"の許へ駆け寄ると、勢いのまま体当たりして壁まで押し、そのまま圧し潰した。光は消え失せた。 「■■■!」 "亜麻色"が悲鳴をあげる。相変わらず何を言っているのか分からない。だが、その悲鳴を聞いていると酷く不快な気分になる。 "白"と"黒"、"金"の返り血を滴らせながら近寄り、細い首を掴み喉を潰す。これでもう悲鳴をあげることもないだろう。 蹲り、えずき、血を吐く"亜麻色" その白い首筋が目に留まる。渇く、疼く。 ああ、コレは俺の物だ。同胞や主になどやるものか。血の一滴、肉の一欠片まで俺の物だ。 "亜麻色"を床に押し倒し、覆い被さって首に牙を突き立て、溢れ出す血液を飲み干す。 美味い。もっと早くにこうするべきだった。 渇きが癒される。疼きと痛みが収まり、憎悪さえ薄れそうになる。駄目だ、それは駄目だ。 食事を中断して身を起こす。 "亜麻色"の虚ろな瞳はもう何も見ていない。 ただ、その琥珀の瞳に映り込んでいるモノがあった。 頭部に沿って後ろへと伸びた捩れ角、憤怒の兇相、悪魔のようなそいつの正体は…… 「フューリアス」 "亜麻色"が琥珀の双眸に"俺"を映して名前を呼んだ。 俺は……